光復72周年韓青故国訪問団がソウルの8.15大会に参加してきました!

8月14日から16日の間、私たち在日韓国青年同盟は、南側祖国である韓国で開催された「光復72周年8.15行事」に参加するために「光復72周年韓青故国訪問団」を組織し、ソウルに派遣しました。順を追いながら報告を行います。長文になりますが、写真も多めの記事になっていますので、ぜひお読みください。

12年ぶりの故国訪問、堂々と入国声明発表(8/14)

私たち韓青が韓国に組織として正式に8.15光復節参加代表団を派遣するのは、2005年の8.15民族統一祝典への参加以来、12年ぶりです。

日本各地から選抜された5名の韓青訪問団は、光復節前日の14日に仁国際空港から入国。国内で活動する青年たちに出迎えられ、仁川国際空港で入国声明発表を行いました。ちゃんと空港で許可ももらって、釜山映画祭でも作品が上映された有名映画監督(代表作『불안한 외출』)が撮影もしてくれました。

声明では「キャンドル革命によって政権交代を実現し、私たち韓青は故国の地を再び踏むことが出来ました」「前政権からの積弊を清算する文在寅政権によって、再び海外民主人士に対する名誉回復と故国往来は今後保証されていくでしょう」「今回の私たちの訪問が、海外同胞と国内同胞間の民族的紐帯を強め、ひいては全民族の和解と団結に寄与できるならば、これ以上の喜びはありません」と、12年ぶりの故国訪問の喜びを伝えました。

在日韓青故国訪問団入国、「12年ぶりに故国の地を踏む」

声明-光復72周年韓青故国訪問団 到着声明

青年学生の夜は熱い!怒涛の前夜祭に参加

入国の感動に浸る間もなくすぐに光化門へと移動し、国内の青年学生たちが企画していた「青年学生自主統一文化祭」「統一文芸ハンマダン」という行事に参加しました。在日韓国人青年団体である私たち韓青も紹介され、自主統一文化祭では到着早々に金承民委員長が代表して発言も行いました。

こちらのイベントは韓国のインターネットメディア、주권방송(主権放送)が当日のライブ映像や放送を担当してくれていたようで、当日の内容も録画したものが観られます。

[풀영상] 청년학생 자주통일 문화제 ‘통일의 주인공은 나야 나’

[풀영상] 2017 통일문예한마당

この後に23時過ぎから「韓半島デトックス反米統一先鋒隊+韓大連統一大行進団歓迎!反米反戦決意大会」が開催され、8月4日から事前に組織され全国津々浦々を巡回しながら8.15光復節に向かって祖国統一と反戦平和を国民に訴えてきたキャラバン隊、その名も「統一先鋒隊」がソウルに到着したことを歓迎しながら、さらに反米反戦の決意を全体で共有するという特濃な行事も行われました。

青少年(中学生)から壮年まで、あらゆる階層の人々が統一先鋒隊として活動してきたことに驚きと敬意を抱くとともに、特にこれからの運動を担っていくであろう大学生たちが等身大の言葉で語る決意に、私たちももっと頑張らなければならない!ここに韓青の、在日の青年たちを連れてこなければならないという気持ちを強く持ちました。

そして12年ぶりの8.15光復節(8/15)

明けて15日、ソウルの街はバケツを引っくり返したような土砂降りの大雨。移動の車も視界ゼロ状態で、野外での行事開催は無理かと思うような状態でしたが、さすがウリナラ。やらないなんて気配は微塵もありません。外出自体もはばかられるような天候でしたが、ソウル、また全国各地で8.15光復節の行事は行われ、私たちも連続する各種の行事に参加しました。

「光復72周年日帝強制徴用犠牲者遺骸奉還国民追慕祭」

まずは光化門広場の世宗大王像前で11時から「光復72周年日帝強制徴用犠牲者遺骸奉還国民追慕式」に参席しました。東京・東村山市の国平寺に祀られていた朝鮮人徴用被害者の遺骨33柱が8月6日に韓国に戻され、今回はその返還された遺骨の奉還を追慕する特別な式典でした。

スケジュールが詰まっていたので元々参加する予定ではなかったのですが、在日同胞として参加しないという選択肢はない!という私たちの強い要望も受け入れてもらい、短い時間でしたが参席しました。遺家族の方々、そして多くの宗教人の方々と一緒に黙祷と献花を捧げました。

また、今回は東京・国平寺の尹碧岩スニムが直接参加されていたことも、非常に印象的で、意味の大きなことでした。朝鮮籍者の尹碧岩スニムが韓国に入国するのに、今回統一部がかなり尽力したというようなことも伝えられました。

※国平寺には、日本による植民地時代に強制徴用された約300人の朝鮮人遺骨が安置されています。今回は身元が確認された101柱のうち33柱のみが引き渡され、残りの遺骨は来年までに順次戻される予定。

6.15南側委「光復72周年記念南北関係の改善と韓半島の平和のための8.15民族統一大会」

その後、ソウル市庁まで歩いて移動して8階ホールで6.15共同宣言実践南側委員会が主催する「光復72周年記念南北関係の改善と韓半島の平和のための8.15民族統一大会」に参加しました。移動の途中では、光化門広場に常設しているセウォル号惨事のテントに寄って、遺影祭壇に黙祷と献花を捧げました。

ソウル市庁に堂々と入るのは何か不思議な気分でしたが、大雨を凌げるということもあって飛び込むように会場入り。ここでは日本でしか今まで会えなかったたくさんの方々にお会いすることができました。私たちのソウル訪問を自分のことにように喜んでくれ、ソウルのど真ん中で済州島から大阪まで(笑)様々な場所から参加した多くの方に声をかけていただきました。

大会では司会から、そして李昌馥常任議長も挨拶の中で私たち韓青が紹介され、大きな拍手で歓迎されました。行事の内容も洗練されており、米国から参加した先生や各政党の代表、6.15南側委の各代表からの発言の他に、レベルの高い文化公演がとても印象的でした。短縮版でしたが韓国のレ・ミゼラブルとも言われている『1946 화순』という作品は圧巻でした。ぜひフルで観たい。

私たちでいうところの「民衆儀礼」でともに『임을 위한 행진곡』を歌ったのですがその時の表記が「愛国儀礼」となっていたこと、最後の決議文を朗読する時におもむろに全参加者が立ち上がる、そんな形式の違いも発見でした。たくさんの行事が詰まっているので1時間ほどのコンパクトな作りでしたが、意義深い行事でした。

行事終了後にさぁ次に移動だとエレベーターを降りたら、ちょうど市庁に戻ってきたところの朴元淳ソウル市長がアヂュンマ(おばちゃん)たちに囲まれていました。市長ですから市庁に居るのも当然なんですが、私たちもここぞとばかりに日本から来ましたとちゃっかり一緒に写真を撮りました。次は公式の場でお会いする機会もあるといいですね。

韓国青年連帯「8.15青年自主独立宣言」(各部門別行事)

雨脚は強まったりすごく強まったりと降るに任せるしかない状態でしたが、14時から15時までは各部門別の行事が光化門近辺の各所で進行しました。私たちはもちろん青年部門に参加で、今回の受け入れパートナーである韓国青年連帯が企画する「8.15青年自主独立宣言」という行事にともに参加しました。

場所が世宗文化会館だと聞いていたので、格別の扱いだなぁとビックリしていました。なぜなら世宗文化会館はその日の午前中に文在寅大統領も参加した国家の公式行事を行うような由緒正しい?まぁすごい会場です。本当かなぁと思っていると本当は本当でしたが、会場は世宗文化会館前の「大階段」とのこと。つまり会場に続く入り口の階段、もちろん屋外。それは会場というのか?と国内の運動文化に興奮(笑)しながら、全国から集った韓国青年連帯のメンバーとともに集会をもちました。

雨の中堂々と行事は進行され、律動や発言、創作した歌などが次々と発表され、道行く人たちも注目をしていました。特に印象深かったのが、悪〜い顔したトランプの巨大ポスターに水風船を投げつけるとポスターが水で落ちて下から「自主的な国、平和で統一した韓半島を青年の力で作ろう!」というメッセージが現れるというパフォーマンス。これは韓青でもぜひやらなければと思いました。

「主権回復と韓半島の平和実現のための8.15汎国民大会」

青年の気迫あふれる集会で決意が高まった中で、今回のメイン行事である「主権回復と韓半島の平和実現のための8.15汎国民大会」に参加しました。ソウル市庁前広場で行われたこの大会には大雨の中でも1万人以上が参加しており、会場についても人が多すぎて場所を確保することが難しいほど。でも混乱しているということは全く無く、米国による戦争策動に絶対反対するぞという決意が満ちた中でも、隣同士で気遣いあう雰囲気もあり、とても高揚感のある空間でした。

ちなみに、広場の外縁では、私たちが日本から送ったメッセージを連署した横断幕や統一運動の写真、黄色いリボンなども展示してありました。

朝米対決局面によってかつてなく戦争危機が高まっている中で開催された8.15汎国民大会では、当然戦争反対に最も焦点が合わされており、特に韓国を全く無視して「もし戦争になるなら向こう(朝鮮半島)でやる。多数が死ぬが、ここ(米国)ではなくて向こうで死ぬ」という暴言も辞さなかったトランプ米大統領に対する反対、反戦平和/反米自主が最大のテーマになっていました。雨の中でも決意が満ち溢れまくっていました。

文化公演や映像による演出、各界各層からの発言が続く中、光栄なことに私たち韓青も発言の時間を確保し、金承民委員長が代表して挨拶を行いました。「分断も戦争も、この地の全ての矛盾の根源は米国にある。私たち韓青は、ともに闘うために今日来た。これからの闘争の先頭に立って闘っていくことを誓う!」と力強く宣言、会場は大歓声に包まれました。在日同胞が国内の運動の最前線でつながった、非常に感動的な瞬間でした。

舞台袖で発言を聞いていた노래패 우리나라(民衆歌手のウリナラ)から「一番いい発言だった」と真っ先に声をかけてもらい、壇上から降りた後もひっきりなしに本当に色んな方から声をかけていただきました。今回の訪韓事業のハイライトでもあったので、無事に役割を果たすことができたんじゃないかと思います。

最後は各界各層の代表者たちが並んで決議文、そしてスローガンを高らかにあげ、汎国民大会は幕を閉じました。

反米自主の喊声が響き渡る!汎国民平和行動、市庁前広場〜米大使館デモ「천동소리」

大会後は、すぐに市庁前広場から光化門へ向かう汎国民平和行動の一環として反米・反戦デモが始まり、私たちも日本から来た「コリア国際平和の日国際参加団」の皆さんと一緒に先頭をきって参加。1000人からなる民族楽器隊「천동소리(雷鳴)」に続いて、米国大使館前まで行進しました。先導車のアジテーターがとっても名調子ということもありましたが、スローガンあり、歌・民謡あり、楽器あり、喊声ありの多彩なデモ行進はワクワクしました。

この行進、そしてその後の米国大使館前の抗議行動では、一万人の参加者がともにキャンドルを模した赤い傘を高く掲げて、THAAD(サード、高高度ミサイル防衛)配備反対、韓米合同軍事演習反対の声を上げました。もともとは日中だとキャンドル行動ができないため代替の赤い傘だったのですが、当日の天気もあったので雨もしのげて本当にぴったりのグッズとなりました。

日本では一万人の民衆が米国大使館の目の前で抗議をするなんてことは難しい状況ですが、もちろん韓国でもつい数か月前まではできなかったことでした。しかし当然のように実現できている。これもキャンドルで民衆が立ち上がった成果であり、状況が変わっているのだなぁと実感しました。何よりもかつては反米の無風地帯とも言われた韓国で、一万人の反米デモが米国大使館の目の前で行われるようになって、しかもそこに私たち韓青が最前線で参加しているという事実に、我が事ながら震えました。気がつけば5人とも、この数年間で一番大きい声を張り上げていたと思います。

そこかしこから「戦争反対!」「米軍は出て行け!」「サード反対!」「制裁ではなく対話を!」「自主統一!」というスローガンが溢れ、絶え間なく歌われる『駐韓米軍撤収歌』。同じ言葉、同じ歌、同じ思い。韓青は間違いなくともに闘っていました。

そして青年は星になる…。国内青年との交流뒷풀이

すべての行事が終了した後は、もちろんお待ちかねの青年同士の交流の時間です。とある青年活動家の集う店(松の粉が浮いているマッコリが有名、激ウマ)で、語り、歌い、踊り、笑い、飲む!

노래패 우리나라やキャンドル集会の司会者としても有名になった先輩、ソウル在住の今までにお世話になった先輩方、今回の行事で出会った方、先頭で頑張っていた大学生たち、そしてもちろん韓国青年連帯や6.15青年学本部のメンバーなど、本当に様々な人が入れ代わり立ち代わり参加してくれて、ともに青年運動の未来を担っていくことを誓う夜、もとい夜明け前になりました。

久しぶりに会うという方もいましたが、12年ぶりということもあって、青年同士はほとんど初対面です。しかし、膝と顔を突きつけて話せば、すぐに昔からの親友のような感じになります。韓国人同士で情が厚いということもありますが、話せば話すほど場所は違えど民族活動家として重なる部分が分かって、分かり合ってしまって、情が生まれざるをえないという方がしっくりくるかもしれません。お互いの話にうなずきっぱなし、盃を合わせっぱなしでした。

後年振り返った時に、この夜の出会いが新たな青年運動の未来を作ったというようなことになる…といいなぁと期待しています。

最終日はメディア取材対応と表敬訪問@永登浦(8/16)

最終日の16日は案の定、前日のダメージを引きずりながらの起床になりました。安組織次長は飛行機便の関係上朝イチで日本に戻らなければならなかったのですが、残りの4名は各種メディアのインタビュー対応と受け入れてパートナーの韓国青年連帯、そして同フロアの韓国進歩連帯の事務所を表敬訪問を行いました。

統一ニュースと民+という進歩系ネットメディアにインタビュー記事が掲載されました。翻訳記事はこちらで読めます。

「12年ぶりの入国、キャンドル革命の力を感じた」[インタビュー]在日韓青 金承民委員長など4名

米国は日本に代わって韓国を支配した国 インタビュー韓青故国訪問団 私たち民族同士、力を合わせれば、やり遂げられないことはない

おまけの紹介映像を觀ると取材慣れしていないのがカミカミ故にバレバレですが、在日同胞青年の気持ちが伝わっていれば幸いです。

韓国青年連帯の事務所は、韓国進歩連帯の事務所の中にあり、場所は永登浦でした。かつては永登浦に運動団体の事務所が他にも集まっていたそうですが、現在は光化門の近くにみんな居を移しているらしく、色々と折り合いがつけば進歩連帯・青年連帯も光化門の方に引っ越しも考えているとのことでした。今回の行事全てが光化門付近で行われたのでも分かる通り、運動の現場であり最前線の光化門近くのほうが確かに便利で良いですよね。

実は、6.15行事や6月民衆抗争30周年行事以降、今回の8.15行事に向かって全力で準備を進めてきて成功裏に行事を終えたので、明けて翌日の8/16は事務所もひっくり返っているいる状態だし、不休で働いてきた人たちが休みをとるので、事務所に来ても何もないかもよと事前に言われていました。しかし、私たちとしてもこの三日間を最高のもてなしで迎えてくれたのに対して最低限の礼節(具体的な敬意を示す)はわきまえないといけないと思っていましたし、国内青年がどんな感じの事務所で仕事しているのかみてみたいという欲求もあって今回はお邪魔しました。

何もないよと言いつつも入り口から歓迎のパネルがあったりと嬉しいサプライズもありましたが、何より嬉しかったのは休みだったはずのたくさんの活動家の先輩方が私たちのために事務所に集まってくれたことでした。いても数人かなと思っていたら、青年をはじめ最終的に20人以上が駆けつけてくれて、韓青、そして海外自主・民主・統一運動に対する信頼と同志的な愛情を心底感じました。

私たちがポツリと言った「감자탕(カムジャタン)が食べたい」というリクエストを真っ昼間から豪快に叶えてもくれました。あまりの歓待に人のふんどしで相撲を取ってるというか、美味しいとこ取りしているようで座りが少し悪かったですが、青年は宝だという言葉を鵜呑みにして美味しいものを丸呑みしてきました。

再会の約束、そして再び日本へ

時間が過ぎるのはあっという間で、進歩連帯の先生・先輩方からお土産までいただいて別れると、もう空港へ直行か?というくらいの時間になってしまいました。お土産を全く準備しないということもできないので、日本大使館前の平和の少女像に立ち寄って、仁寺洞にある民族伝統楽器の店にだけ行くことに。

夏の頂点である8.15行事の翌日だったからか改装中だからか、日本大使館前はそれほど緊張した様子はありませんでしたが、平和の少女像を学生が守る活動は続いており、当直の女学生たちがテントを張って頑張っていました。至る所で青年学生が頑張っている姿があり、最後の最後まで刺激を受けます。

仁寺洞の楽器屋で関西空港行きの仁川国際空港組2人と羽田空港行きの金浦空港組2人に分かれて解散。東京組には最後まで国内の青年が見送りについてきてくれて、今回の出会いとこれからの再会を固く約束しました。

これで12年ぶりの8.15光復節韓青故国訪問、三日間の日程報告は終了です。日本への入国も問題なく、すべての日程を無事終えました。

今回の評価、これからの飛躍に向けて

さて、本当に感動的な訪問でしたが、具体的に3つ成果があったと評価しています。

まずは韓青の正当性・合法性が確立されたことです。永きに渡った保守・積弊政権からの弾圧に屈せずに、正面から堂々と再び韓青の旗を掲げて入国したこと、また各種行事への参加、発言を通じて民族自主と平和統一を訴え、反戦平和・反米自主闘争を国内の同志たちとともに貫徹したことは、私たちの組織と運動の正当性を再確立し、国内外から大きな反響を得る結果となりました。全ての参加行事で韓青訪問団が紹介され、メインの8.15汎国民大会では発言の機会も準備されたことは、私たちが今まで行ってきた運動が正しかったことの証明となったと思います。

次に、国内運動との直接的な連帯の基礎を築いたという点です。これからの在日運動にとって本当に大きな成果となったと評価できると思います。特に青年運動としては、途切れていた国内の青年運動団体と直接的な連帯、同志関係を再構築することが出来たことです。青年レベルでは今後の交流事業についても、具体的に進展できる土台を作れました。これから多くの国内青年と在日青年が出会い、ともに行う事業を準備していく予定です。

最後に、韓青が自らの方針と実践によってこの状況を切り拓いたことです。結果、次代を担っていく青年たちに新しい運動の可能性を実感させ、これからの韓青運動を作っていくんだという決意と主体意識を確立することにつながりました。状況の変化を積極的に捉え、祖国とつながりたいという在日同胞青年の欲求に応える方針を独自に実践したことは、本当に大きな一歩でした。韓青が時代を拓く気概と使命感を胸に、在日同胞青年と祖国を結ぶ運動を創造していくことに期待したいただければと自負しています。

最後に、多くの先生、先輩方の協力によって今回の訪韓事業を行うことが出来ました。物心両面の支援に感謝しながら、今後の運動の推進によって成果を還元できるように肝に銘じて、これからの活動に邁進していく所存です。これからの韓青の飛躍にご期待下さい!

 

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